「これつけてたら、いじめられちゃうんだから困っちゃうよ」

僕が通っているところのレントゲン学の先生は障害を持っているためヘルプマークをカバンにつけて通勤しているのですが、ヘルプマークをつけていることで意地悪されると言うのです。SNSでも似たような書き込みがありました。ヘルプマークをつけていたら嫌味を言われたなど。

ヘルプマークとは外見ではわからない疾患や障害を持つ方が援助を得やすくするために作成されたピクトグラムです。https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shougai/shougai_shisaku/helpmark.html

ヘルプマークをつけていて何か誤解されたり、嫌味を言われたり、攻撃されたりすると「わたしの何が悪かったのかな」と自分を責めてしまう人がいますが、攻撃者は悪いことをするしないに関係なく攻撃します。

攻撃する人はなぜヘルプマークに嫌悪を抱くのか?

なぜ攻撃したくなるのか?

本コラムではヒトがヒトに対し罰を与えようとする仕組みを紐解いていきます。

社会を構築する脳の仕組み

ヒトは自然界では非力で弱い生物ですが、群れを構成することで生存率を高めてきました。つまりコミュニケーションをとって仲良くなり協力し合うスキルを持った遺伝子だけが生き残ることができたのです。

するとヒトにとって恐ろしいものは群れの崩壊ということになります。では群れを崩壊させるモノは何でしょうか?それは裏切り者です。集団の利益よりも個人の利益を優先する人物のことです。

そんなヤツがいたら群れは崩壊します。群れというものは人員ひとりひとりがコストを払うことによって成立しています。金銭的、時間的、肉体的、精神的コストを全員で払うことにより、群れ全体で利益を生み出すことができます。

そんな中、1人だけ利益を多く得ている人物がいたらどうでしょうか?もしくは1人だけコストを払わない人物がいたら?

このような人物は群れを崩壊させる危険人物とみなされます。「アイツばっかズルい!」「私も楽したい」「僕も得したい」となってしまえばたちまち秩序が無くなり群れは崩壊します。ですから危険人物は群れから排除するか、行動を改めさせなければいけません。

そこで群れを守るためにヒトの脳はある2つの仕掛けがほどこされています。

1つ目は群れの脅威だと思われる人物に対して嫌悪感を抱くようにプログラムされていることです。先ほども述べましたが群れにとって脅威となるのは、危険人物です。私たちの脳は本能的に危険人物をに対し「嫌い」という感情を湧き上がらせるシステムを持っているのです。

「嫌い」という感情が湧き上がるのは「自分勝手」「1人だけ得している」「1人だけ楽している」と感じられるときです。またそれだけではなく「特別である」「異質である」「みんなと違う」などと感じられる人に対しても嫌いになり、危険人物として標的にしています。

2つ目の仕掛けは罰を与えることが快感となるようプログラムされていることです。群れの脅威だと思われる危険人物に罰を与える時、私たちの脳では線条体という場所が活性化されドーパミンという快楽物質が放出されていることがわかっています。つまり罰を与えるとき脳は快感に浸っているのです。

韓流ドラマの鉄板パターンがまさにこの通りです。意地悪な人物が最終回でコテンパンにされる、それを見ている視聴者はスカッとして見終えることができるのです。逆に言えば必ず最後はコテンパンにされるというご褒美が待っているわけですから、最後まで視聴したいわけです。

さて、この2つの仕掛けを理解すると人がなぜいじめるか?なぜ芸能人のスキャンダルを叩くのか?そしてヘルプマークや妊婦マークをつけている人に攻撃するのか?が見えてきます。

これらの本質は群れを維持する社会的能力なのです。群れ(社会)を守るため危険だと思われる人物に対し嫌悪を抱き標的にする、さらにその人物に罰を与えることで快感が得られるという本能がプログラムされているのです。このような脳の働きをサンクションと言います。

歪んだ正義が起こすサンクション

ヘルプマークをつけている人にサンクションが働くのはなぜでしょうか?ヘルプマークをつけている方は一見わからない障害を持っているため実際に生活が大変なわけで苦しんでいます。それにも関わらずなぜ攻撃者は「僕や私より利益を得ている」と感じているのでしょうか?

それは攻撃者もまた何かしらの見えない苦しみ痛みを抱えて生きていることがわかります。ヘルプマークをつけて「社会から優しくされている」「理解されている」「自分よりも優遇されている」と感じているのでしょう。「なぜこいつばっかり優遇されているんだ!」という感情な突き動かされ、ついには攻撃行動をとります。

客観的に見れば痛みや障害を抱えて過ごしている方への攻撃は卑劣なことですが、攻撃者は罰を与えているつもりですから、「大変なのはみんな同じだ」「甘えだ」「病気は自己責任だ」と何かしらの大義名分をつけて攻撃を正当化します。

昨年あおり運転が話題になりました。不思議だったのが加害者なのにケイタイで被害者の車のナンバーを撮影していたことです。あたかも自分こそが迷惑を被った被害者であると言いたいような行為でした。まさに「俺に迷惑をかけたから罰を与える」という言動です。

理性がブレーキになる

サンクションのブレーキとなる前頭前野という脳の領域があります。この領域が充分に発達していると本能的にサンクションを起こしたくなっても理性を持って止めてくれます。「あんな事されて嫌味のひとつでも言ってやりたい」「やり返したい」「罰が当たって欲しい」そう思っても、「やっぱりそんなみっともないことできない」と踏みとどまることもあります。これは前頭前野の理性的な判断によるのです。

前頭前野は成人後もゆっくり発達する領域なので、10~20代だとまだ充分には発達していない場所です。また年齢に伴う認知機能の低下で前頭前野の衰えが生じます。つまり10~20代と高齢者で認知機能が低下した場合はブレーキが甘くなりサンクションを起こしやすくなります。ヘルプマークを批判したり、攻撃する人は前頭前野が未発達か、認知機能の低下があるかもしれません。

このような方に言動を改めさせようと思ってもなかなか難しいです。社会の中に一定数いるものとして対応しなければいけません。

大切なのは「攻撃されたの私が悪いからだと」と勘違いしないことです。ヘルプマークをつけている自分を責めたり、社会から歓迎されていないんだと勘違いしないことです。大半の人々は攻撃しませんし、困っている人に手を差し伸べることは好きです。

攻撃する側になる時

あなたが成熟した理性のある大人だったとしても他人事ではありません。全ての人にサンクションという本能が備わっています。恐ろしいことに私たち脳は誰かを排除したがっている、罰を与えたがっているというわけです。

誰しもが排除したり、排除されたという経験はあるかと思います。「なんか嫌い」という人もいますし、そのような人が痛い目に合って快感を得たことがあると思います。今になってみると恥ずかしくなったり、胸が痛くなるかもしれませんが誰にもこのような脳の働きはあるのです。(全くない、という方はサイコパスかもしれません。)

第一次大戦で敗戦したドイツでは、ユダヤ人が不当に利益を得ているのではないかという思想が起こります。これが全体主義となりナチスが選挙により支持を得るようになります。この時ナチスが訴えたメッセージが「ユダヤ人の脅威とドイツ人の団結」でした。そして人類史上最大のサンクションにより悲劇は起きてしまったのです。

もしあなたの脳が誰かに嫌悪を抱き罰を与えたくなった時、それは生物としてごく自然な反応です。しかし選択肢は2つあります。
本能に従ってサンクションを起こすか?
前頭前野を働かせ理性によって踏みとどまるか?